妻の闘病を支える中で、私自身の生活も大きく変わりました。この記事では、
仕事、趣味、休息、そして今の心境について、正直にお伝えします。
仕事、趣味、休息——変わったこと
13年間経営してきた事業所は、閉所しました。
趣味だった、妻と月4回の休みに出かける船釣りも、行けなくなりました。
休息については、買い物以外、1日中家で過ごす生活が続いています。
妻の介護があっても、体感としては、ほぼ休息状態と言えるかもしれません。
今日で、丸1年半、無職です。それでも、前向きに捉えています。
この1年半、これからの生き方をじっくり考える時間になったことは、
次につながると信じているからです。
一番つらかった時期、どう自分を保っていたか
妻の闘病中、常に一緒にいる状態が続きました。抗がん剤の副作用が
強いとき、失語症で思いを上手く伝えられない妻の姿を見たとき、
何とか自分が変わってあげられないか、
と思いました。
正直に言うと、私自身は辛くありませんでした。なぜなら、
一番つらいのは、妻本人だからです。「なぜ癌になったのか」「偏食傾向も
あったので、食生活が影響したのか」——そんなことを考えて、
できることを検討しているうちに、辛いとかしんどいとか思う余裕は
ありませんでした。
神野司
ストレスも溜まりませんし、気晴らししたいとも思わないのが正直な心境です。
支えになった人は、自分自身です。自分の心が、絶対に何とかなると言い聞かせてくれています。
今、この記事を書いている今の心境
妻の病気が発覚したのは、2025年1月14日でした。それから、治療と生活の
両方に向き合う日々が続いています。
先のことがどうなるかは、誰にも
分かりません。それでも、目の前でできることを、一つずつ
積み重ねていく。それが、今の自分にできる、すべてだと思っています。
まとめ:支えるとは、自分を犠牲にすることではない
妻を支える生活は、一見大きな犠牲を伴うように見えるかもしれません。
しかし、私自身の実感としては、「何かを我慢している」という
感覚は、あまりありませんでした。
できることを考え、実践する。それだけを続けてきた結果が、今の自分だと思います。
妻の脱毛に直面した際の記録については、こちらの記事もあわせてご覧ください。
妻の脱毛に直面したとき、家族として最初にしたこと
wigcarelife.com
- 執筆者
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神野司(かみの つかさ)
妻のがん闘病を支える中で、大阪市の医療用ウィッグ助成制度を実際に利用。
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